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Unknown Lady's Diary

読書/映画/上原專祿/フィギュアスケート/セーラームーン/ロシア

【スケート】2011年のモスクワワールドの思い出

フィギュアスケート観戦が趣味のわたしにとって最も忘れられない世界選手権がある。2011年、モスクワでの世界選手権だ。本来、この年の世界選手権は日本で開催される予定だった。場所は東京の代々木第一体育館。しかし、3月11日の東日本大震災で中止となってしまった。そうして翌月の4月末から開催されたのが、モスクワでの世界選手権だった。

この大会は、震災で傷ついた日本に対する、あたたかな思いやりに溢れていた。本エントリーでは、以下の項目に沿って2011年モスクワ世界選手権の思い出を振り返る。

 

  1. オープニングセレモニーの演出
  2. 大会の進行スケジュール
  3. スケーターの思いやり
  4. 安藤美姫の「レクイエム」
  5. エキシビションのフィナーレ

 

オープニングセレモニー

例えば、オープニングセレモニーの演出。ここでは随所に「日本」をイメージさせる演出がちりばめられていた。


ISU world figure skating championships 2011 ...

Youtubeを開くと2/3,3/3には自動的に飛びます

↓おそらくCMで抜けた追悼部分


日本では放送されなかった世界フィギュア2011追悼シーン - YouTube

色々な選手の演技映像がダイジェストで流れた後、おなじみのISUファンファーレがリンクに鳴り響く。ライトアップされたリンクに浮かんでいるのは日の丸のシルエット。リンクの上の奏者たちは、日本の着物をイメージした衣装を着ていて、和太鼓などをを叩いている。リンクの上の映像は次第に変化して、日本の桜の映像、海の映像も映し出される。それから地球の映像、青空の映像がリンクに浮かび上がり、スケーターたちがリンクに現れ、ヴィヴァルディ「四季」に合わせて演技が披露される。(言うまでもなく、四季があるのは日本だけではないけど、季節の移ろいを愛でる5・7・5の詩まで作ってしまう日本文化を意識した選曲なのかもしれない。)

それから、リンクの上には再び日の丸が浮かび上がり、様々な民族衣装を着たスケーターたちが赤色を囲む。(おそらくこの時に、ロシア連盟によるメッセージが読み上げられ、1分間の黙とうがあった。)赤色は次第に地球の映像に変わり、それからスケーターたちが国旗を持って参加国の紹介が始まる。紹介が終わると、ロシアのプーチン大統領やISUのチンクワンタ会長などに加えて、日本の橋本聖子会長が登場する。会場内には「ありがとうロシア(ロシア語)、ありがとう世界(英語)、がんばろう日本!(日本語)」「甦れ日本」と書かれた日の丸の国旗も見える…。

 

大会の進行スケジュール

オープニングセレモニーだけでなく、大会の進行についても、本当に日本のことを考えてくれていた。

例えば、競技の時間。モスクワと日本の時差は6時間。ロシアのゴールデンタイムに合わせると、日本時間では深夜の時間帯になってしまう(ソチ五輪の中継は深夜未明だったことを思い浮かべてほしい)。それを考慮して、ロシア側は試合の時間を日本のゴールデンタイムに合わせてくれたのだ。残念ながら地上波では録画放送だったが、CSでは生中継されていたので、Jsportsに加入していた日本のスケートファンはリアルタイムで試合を見ることができた。*1

 

スケーターの思いやり

さらに、運営側だけでなく、各国のスケーターたちまでもが様々な思いやりを見せてくれた。


ISU Mosca 2011 -24/27- MEN FP - Florent AMODIO ...

例えば、フランスの男子シングルスケーター、フロラン・アモディオ選手。
2010-2011シーズン、彼のFSはマイケル・ジャクソン等の曲を使用したものだったが、ボーカル入りの音楽ではなかった。*2しかしモスクワでの世界選手権で、アモディオはプログラムの中で使用している2つの曲にボーカルを入れてきた。ルール違反で減点されることを知りながら、「震災で被災した日本へのささやかなプレゼント」*3としてボーカルを使用したのだ。アモディオはこのシーズンのヨーロッパ選手権で優勝しており*4、2011年当時は世界のトップスケーターの一人だったと記憶している。いや、トップスケーターでなくとも、採点競技に生きる全てのアスリートにとって、1点は「されど1点」だ。その彼が、減点を覚悟して「日本にプレゼント」を贈ってくれた。コミカルで楽しい演技と、減点されたらどうするの、ばかばか(´;ω;`)というファンとしての憤りと、そのあたたかい思いやりに対する感動とがごちゃ混ぜになり、私にとって一生忘れられない演技となったのだった。「ばかばか(´;ω;`)」と愛情をこめて言いたくなるような、泣き笑いの気分を味わえる…という楽しさは、震災後の重苦しい世の中において、私にとってはすごく尊いものだった。

余談だが、ボーカル入りが違反かどうかは、ジャッジの投票によって決められる。このときのアモディオの演技は、けっきょく減点されなかったようだ。*5

 

エキシビションでは、ロシアの二組のペアが、日本を意識したナンバーを披露してくれた。

youtu.be

まず、この大会4位の川口悠子スミルノフ組(通称「川スミ」)が披露したのは、映画『千と千尋の神隠し』より「いつも何度でも」。
※残念ながら著作権者からの申し立てにより無音です。

 

youtu.be

銀メダルのヴォロソジャール&トランコフ組(通称「ヴォロトラ」)はなんと「スーパーマリオブラザーズ」。
なお、ヴォロノフ組がマリオを使った経緯については、こちらの記事(

あれこれ 2015/07/14 マクシム・トランコフ「マリオのプログラムは、何百万人の日本人が辛い時期に画面の前で微笑んでくれるよう作られた」)で詳しく語られているので参考までに。

 

安藤美姫の「レクイエム」

youtu.be

ただ、エキシビションで披露されたプログラムの中でわたしが最も強烈に覚えているのは、今大会で2度目の世界女王に輝いた安藤美姫の演技。

 

演技後に涙を浮かべていた一曲目の演技もすばらしいのだが、特筆すべきはアンコールの「レクイエム(モーツァルト)」である。

この曲は、安藤美姫が前年の2009-2010シーズンからSP&EXとして披露していたものだ。彼女は幼い頃に実父を亡くしている。この「レクイエム」は、特別なオリンピックシーズンに、亡き父を思い浮かべて作られたプログラムだった。わたしの印象では、このシーズンの安藤美姫は年齢的にも大人の女性としての表現ができるようになってきて、「ジャンプの安藤」から「表現力の安藤」に変化している、というイメージが固まりつつある時期でもあった。中でも「レクイエム」は、安藤美姫の表現力の凄みを特に感じさせられるプログラムだ、とわたしは思っていた。だが、わたしにとって「レクイエム」が彼女のプログラムの中でもとりわけ特別なものとして位置づけられたのは、このモスクワ世界選手権での演技が大きかった。

この時の安藤美姫が着ていた衣装は、真っ白なもの。アンコールの「レクイエム」ではなく一曲目のほうに合わせた衣装だ。元々、エキシビションナンバーとしての「レクイエム」の衣装は、黒を基調とした衣装や青と黄色の衣装だった。元々はそういう衣装で滑っていたプログラムを、今回は真っ白な衣装で披露する。衣装が異なることで、彼女の「レクイエム」は前シーズンとは異なる意味を帯びる。今回は、亡き父ではなく震災で傷ついた人々のためだ。

また、この2010-2011シーズンの安藤美姫は、出場した6つの試合のうち5つで優勝していた。6戦5勝!そういうシーズンの安藤美姫が、震災で傷ついた人々のために、優勝者にのみ許されるアンコールで鎮魂の舞を披露する。大げさに聞こえるかもしれないが、あの時の安藤美姫はまさに女神だった。

 

今になって振り返ってみれば、自分の「震災の記憶」として脳裏に浮かぶものが「余震」「津波の映像」「自粛」だけでなく「レクイエム」だということに、わたしはずいぶんと癒やされたような気がする。東日本大震災を経験した人は、多かれ少なかれ、あのとき誰もが傷ついていた。家を失うなどの重大な被害に見舞われた「被災者」ではなくとも、あの頃は非常事態だった。しかし、わたしは今、当時のことを振り返ると、必ず安藤美姫の「レクイエム」を思い出す。つらいことがたくさんあったけど、少なくともわたしにとっては悪いことばかりではなかった、わたしはあの時とても美しいものを見ることができたのだ、と思える。

 

エキシビションのフィナーレ

そしてもう一つわたしが思い出すのは、冒頭から述べているロシア側のあたたかな思いやりだ。

特別な演出がされたのはオープニングセレモニーだけではない。エキシビションでも、次のような演出がされた。

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フィナーレが始まって最初に登場してきたのは安藤美姫。それから高橋大輔と今大会で銀メダルを獲得した小塚崇彦が登場する。日本の3人の周りを、ロシアの選手たちが手をつないでくるくると取り囲む。リンクの上には日の丸が浮かび上がっている。
その後は、いつもと同じく各選手が一人ひとり登場して技を披露するが、音楽の最後には再び安藤・小塚・高橋の3人を全選手が取り囲む。

 

この映像(Jsports)の最後には、ロシア連盟によるメッセージが紹介された。

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「日本にささげる詩」

地球がいたみでうめき声を発した
自然の強さに全世界がショックをうけ
あらゆるものを水は深海に流した

しかし 何があっても太陽は東から昇る
地震津波は光には勝てない

我々の神様が
地球の皆の命を保ってくれることを祈る

桜が咲く公園はたくさんあることを
白樺が咲く公園はたくさんあることを
鳥が春の歌を歌えることを
旗が勝利の祝いで挙げられることを祈る

子供たちが大人たちへと願う
友の皆さん 手をつないで

われわれがこの地球において
ひとつの家族になっていることを忘れないでほしい

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大会で披露された演出やスケーターの演技以外にも、大会会場には震災への寄付など受け付けるコーナーが設けられたらしい。*6このときのモスクワ世界選手権は、色々な人のあたたかさに触れることができた大会だった。世界中のスケーターと関係者が日本の人々に寄り添ってくれている、心配してくれている、と感じることができて本当に幸せだった。特に、短い準備期間でこれだけの演出をしてくれて詩まで作ってプレゼントしてくれたロシアのスケート連盟には、日本のスケートファンのひとりとして「こんなにすばらしいものを見せてくれてありがとう!!」という感謝の気持ちでいっぱいになる。モスクワの世界選手権のことを思い出すだけで、心がぽかぽかしてくる。

 

最後に貼ったエキシビションの映像で日本の実況陣が触れているが、当時はソチ五輪を控えていて、ロシアとしても自国で世界選手権を開催できるというのには大きなメリットがあったのかもしれない。実際、この時に出場していたロシアのスケーターたちの中でも、ペアのヴォロソジャール・トランコフ組とダンスのイリニフ・カツァラポフ組はソチ五輪でメダルを獲得している。しかし、メリットだけでこのようなあたたかい大会はできない、とわたしは思っている。そう思えるだけのあたたかさを感じた大会だったのだ。

 

先日のフランス・パリ同時テロを受けて、2015年のGPSフランス大会はSP&SDだけで中止となった。その時に、Twitterを見ていたところ、このモスクワ世界選手権を思い出している人が多かったので、このエントリーを書いた次第だ。最後になったが、今回のテロで犠牲となった人々に心から哀悼の意を示したい。 #prayforparis

 

余談①
モスクワ世界選手権でわたしたち日本のスケートファンが感じたあたたかさを、いつかフランスのスケーターたちにもファンとして何かの形で示せないだろうかと思うのだけど、なにか、ないですかね…。きっとフランスチームは今年も国別対抗戦に出るだろうから、その時にでもなにかファンとしてできたらと思うのだけど…。

 

余談②
この大会は、ここで述べた内容以外にも小塚崇彦の銀メダルという輝かしい結果があるのだけど、残念ながら時間の都合(現在、日曜日の夜8時。そろそろ週末が終わってしまう…)により断念します。小塚くんごめん。けして忘れてるわけじゃないんだ。ただ…彼の銀メダルについては、個人的には東日本大震災というより「小塚崇彦のスケート人生」という文脈の中で思い出すことが多いので…。書くとしたら別のエントリーになると思う。小塚くんごめん。

*1:なお、この件についてインターネットで検索をかけると、すさまじい数のヘイトスピーチが流れ込んでくる。地上波で生中継されなかった件についてはわたしも悲しく思っているが、その放送局を責める文言の中には、思想の根っこにヘイトスピーチがあるものが多いとわたしは考えている。もしもわたしのこのエントリーを読んで当時のテレビ放送の様子が気になった人がいたら、検索して記事をクリックする前に、そのことをよく考えてほしい。

*2:フィギュアスケートのシングル競技でボーカルの使用が解禁されたのは2014-2015シーズンからのこと。2011年当時、競技でボーカルを使用できたのはアイスダンスのみ。

*3:とても有名な話だが、どこで手に入れた情報なのかは失念してしまった。Jsportsの実況で伝えられた情報だったかもしれない。文章についても「全ての日本人へのささやかなプレゼント(ウィキペディア)」や「震災で被災した日本へのプレゼント(『フィギュアスケート フォトコレクション Rhapsody 2004-2014』2014年、株式会社晋遊舎)」など、言葉の揺れがある。どこで・だれが・どのように伝えていた情報なのか、確実なことを記憶しているスケートファンがいたらぜひ教えてほしい。連絡先→Twitter@azusachka_Fisk8

*4:参考 2011ユーロ

https://youtu.be/CgCkUjaEjn8

*5:http://www.isuresults.com/results/wc2011/wc2011_Men_FS_Scores.pdf

*6:フィギュアスケート フォトコレクション Rhapsody 2004-2014』2014年、株式会社晋遊舎、76頁