@AZUSACHKA 's note

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【感想】岡倉天心『茶の本』 - NHK「100de名著」より

岡倉天心という名前は、中学時代の美術の教科書で目にしていた。高校までは茨城に住んでいたので、美術の教科書では茨城に縁のある芸術家が紹介されていたのだ。ただし、多くの中学生がそうであるように、わたしもまた芸術家の名前など試験のために暗記するだけの子どもだったので、彼がどういう人までかは全く知らなかった。

Eテレで毎週水曜に放送されている「100分de名著」という番組は、わたしにとっての岡倉天心のような「名前は聞いたことがあるけれど詳しく知らない」という名著をうまい具合に取り上げて、(おもに)大学の先生*1がとてもわかりやすく解説してくれる番組だ。話の上手な先生ばかりを選んでいるのか、先生たちの解説がみなわかりやすく、それに加えて司会の武内陶子アナウンサーと伊集院光のコメントが良くて、まるで大学のゼミに参加しているような気分にさせられる。番組の内容はテキストとして出版されており、テキストの価格も「一冊524円(税抜)」と良心的。というわけで、わたしはこの番組を気に入っていて、毎週録画して見ている。

そんな「100分de名著」が取り上げた、岡倉天心茶の本』についての感想を書く。

www.nhk.or.jp

この番組が放送されたのは今年の1月だったのだけど、修士論文を提出する月だったため、この時は見れなかった。それを先日ようやく見た次第だ。

岡倉天心(1862-1913年)とは誰か、一言でいえば「思想家」である。東京大学の卒業後は文部省に就職したが、1889年には同年に開校した東京美術学校の校長となる。1904年に渡米してボストン美術館に勤務するようになり、その後ニューヨークで『茶の本(原題;The Book of Tea)』を出版する。ちなみに茨城の中学生が用いる美術の教科書に載っているのは、五浦の六角堂を建てたという縁だそう。

講師の大久保喬樹先生が述べたところによれば、『茶の本』は新渡戸稲造の『武士道』とは対極の「日本」を世界に伝えるために書かれたものらしい。武士道という「戦闘的精神」が日清・日露戦争の勝利によってもてはやされる中で、そればかりが日本ではないのだ、と主張するための本らしいのだ。茶道の精神を通じて日本文化の精神を紹介するものであって、お茶の作法の本ではない。*2

番組の終盤、伊集院さんが次のようなコメントをしていた。「最近、日本すごいね!という感じのテレビ番組が増えているけれど、それって日清・日露に勝って『サムライすごいぞ』っていうはしゃぎ方と似てる。そういう強いところだけじゃないぞ、と当時海外に伝えたのが天心なのだ*3」自分の教えた学生や生徒からこんなコメントが出たら先生はさぞ嬉しかろう。おそらく大久保先生が伝えたかった天心の思想の今日的意義のひとつはこういうことだろうから。

ここらへんに関連して、わたしにとって興味深かったのは、「天心は国粋主義者ではない」と大久保先生が位置付けているところ。日本文化の源流は中国やインドまで遡るものであり、日本文化はアジア文明全体の中に位置づけられなければならない…というのが天心の考えであった、とのことだ。*4残念ながら、大東亜共栄圏の構想によって「アジアと一体である日本」と国粋主義は両立されてしまうのだけど、天心が訴えたかったのはそういう政治思想ではなく、「時代や状況を超えて、東洋の歴史全体を貫く根本的な文明理解というものが存在する、その文化的な世界観全体を再生しよう」*5という主張なのだそう。

ここで思い出したのが、戦後の知識人・上原專祿のこと。(彼のことを知らない人はぜひこちらのエントリーも読んで頂ければ嬉しい)上原や戦後の左派知識人たちは「愛国」をスローガンに掲げていたわけだが、その「愛国」は他国や多民族を排斥するものではなく、平たく言えば、「民衆(大衆)」が一丸となって政府に立ち向かおう!そのためにはアジアの人々とも一体となろう!という感じのもの。自分の国の大衆的なものを愛でて肯定しつつもそれが排他的なものにならない、独りよがりにならない、という上原の姿勢は、岡倉天心の思想に繋がるような気がした。

というか、上原は1899年生まれで、彼が読書をする年代にはすでに天心の本は世に出ていたわけだから、上原が天心の本を読んでいる可能性もあるのだ。それに、天心はインドにわたったときに詩人のタゴールと親交を結んだらしいのだが、上原もたしか『大正研究』あたりでタゴールについては色々と書いていたはずである。

学部の頃からわたしの関心にあるのは「排他的ではないナショナリズム」の存在についてなのだけど(先述の伊集院さんの言葉にも通じるかも)、岡倉天心との出会いはまさにそのテーマについて思索を深めてくれるものになったと思う。

kindleにもなっているので、興味があればぜひ。おすすめ。

 

*1:作家の佐藤賢一など、大学教授以外が呼ばれることもある。

*2:大久保喬樹先生は東京女子大学の先生なのだが、奇遇にもこの大学の初代学長は新渡戸稲造だったりする。なにかそのあたりで意識されていることもあるのだろうか

*3:わたしのメモ書きより

*4:14頁

*5:15頁