@AZUSACHKA 's note

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【映画】「ジョン・ラーベ」感想 - 南京事件というよりは「ドイツ人ラーべ」を描いた映画

※本エントリーでは、前半に「ネタバレなし」の感想、後半に「ネタバレあり」の感想を述べます。

 

映画「ジョン・ラーべ」を観てきました。これは2009年に公開された、ドイツ・フランス・中国の合作映画です。1937年の「南京事件」の際、日本軍から南京市民を守るために「安全区」を設けたヨーロッパ人たちがおり、ジョン・ラーべというドイツ人はその中心的人物だったそうです。その業績から「南京のシンドラー」と呼ばれることもあるようです。公式HPによれば、日本では公開に手を挙げる配給会社がなかったため商業的には上映されませんでした。しかし、この夏には日本各地で自主上映会が開かれる模様で(→参照;上映会のTwitterアカウント)、わたしが見てきたのもその一つでした。

 

予想以上にとても面白かったです!「興味はあるんだけど、どうだった?」と友人知人に聞かれたら全力でおすすめします。映画を観る前は、「日本では上映に踏み切る配給会社がなかった」という前情報から、「重苦しいテーマのマイナー社会派映画」「すっきりしない感じで終わりそう」「とっつきにくそう」などのイメージを持っていたのですが、その予想は大きく覆されました。爆発どかーん、逃走劇、悲劇、妻との愛、友情…といった分かりやすい映画要素がもりだくさん。むしろ南京事件というより、ジョン・ラーべを中心とした人間模様を描いた映画と言うべきかもしれません。タイトルも「南京事件」ではなく「ジョン・ラーべ」ですしね。結果として、題材の割に見やすくて分かりやすい映画になっていると思います。香川照之の演技もすごく良かった。おすすめです!

【追記7/22】友人と感想を話す中で出てきた追記。この映画の「戦争の歴史モノ」としての雰囲気は、例えば「カティンの森」というよりは「戦場のアリア」のようなものに近いのかなと思いました。つまり「史実を基にしてはいるけれど演出上の脚色もしているヒューマンドラマ」です。実際、会場で配られたペーパーに掲載されていた永田喜嗣さんの文章によれば、ラーベ自身が書いた日記から永田さんが抱いた人物像とは異なる描かれ方がされているそう。*1そのため、「ここは史実と違う!ここも違う!」というのが気になってしまう方だと、いまひとつストーリーに没頭できない…という可能性もあるかもしれません。わたしは大学で歴史学を専攻していましたけど、おもしろいフィクションだと「映画は映画」と割り切れるほうなのであまり気になりませんでした。あまりにもつまらなさすぎて「これは酷評したほうが世の中のためなのだ…」という気分にさせられた映画だと「ここが違う!」と重箱の隅をつつくかもしれませんが、これはおもしろかったので割り切れました。笑

 

全体を通じての感想を述べると、「南京事件が中国やドイツ・フランス・イギリスなどでどのように受けとめられているのか」を突きつけられる映画だったと感じました。日本人であるわたしが南京事件について知らないのに、ヒロシマナガサキをよく知らないアメリカ人を非難することなどできない、と今までの無関心を恥ずかしく思いました。例えば、会場で頂いたペーパーの中に掲載されていたジョン・ラーベの孫のトーマス氏のコメントの中に、「南京市と広島市姉妹都市提携を望みます」という印象的な提案がありました。彼の言葉から伺えるのは、わたしたち日本人にとっての「広島」と同じだけの重みを持つのが中国の人々にとっての「南京」なのだ、ということです。このことに、わたしはこの映画を観て彼のコメントで読んで気が付いたのでした。日本人にとってのヒロシマナガサキと同じように、中国人にとっての南京もまた、あの戦争で受けた痛みを象徴する存在なんですよね。このことを意識すると、歴史認識問題について考えるときに違った景色が見えるようになった気がするのです。重ねて言いますが、おすすめです。

 

ただ、他人にすすめる際にひとつだけ気がかりなのは、遺体の映像や血がたくさん出てくるところ。そういうのが苦手な方にはつらい映画かもしれません。とはいえーーわたしも苦手なのですがーーそういうシーンのときだけ目をつぶればなんとかなるレベルだったとは思います。

事前に必要な歴史的知識はそんなにないと思います。第二次世界大戦のときの参戦国の対立構造は頭に入れておかないとダメですが、それは小学6年生の歴史の授業で出てくる程度の知識なのでほとんどの人は大丈夫でしょう。「知らなくても問題ないが知らないと笑えない」知識としては、一瞬だけ「ゲーリングヒムラーゲッベルス」というヒトラーの側近たちの名前が出てくるので覚えておくくらいでしょうか。でも「側近」という情報とともに名前を覚えておくだけで十分笑えると思います。

 

最後に、香川照之柄本明杉本哲太ARATAをはじめとした日本人俳優たちに敬意を表します。彼らがこの映画に出演するのには大変な勇気が必要だったと思います。彼らの勇気がこれからの日中友好の礎のひとつになるよう希望を込めて、ここまでの感想の区切りとします。

 

以下、「続きを読む」からネタバレありの感想です。(映画を観賞済みの人を想定して書いてあります。箇条書きです。)

 印象的だったシーンを箇条書きに述べていきます。

  • 冒頭のシーンではラーベが南京市民(中国人)をバカにするようなシーンがあったのが印象的でした。自分と文化の違う人々と「合わない」と感じて嫌う行動と、そういう人々の命を救うという行動は両立し得るものだということなのかもしれません。ただ、会場で配られたペーパーに掲載された永田義嗣氏の文章によれば、これは映画の演出上の都合らしく、実際のラーベは中国人を蔑視していたわけではないそうです。
  • 南京市での南京ナチ党の事務所が英国軍人会と共用だったというシーンで笑いました。なんだそれ!笑 でも、たしかに彼らはヨーロッパの戦線にいるわけではないのだから、実際に東アジアにいたヨーロッパ人たちの中にはこういう人たちがいたのかもしれないなあ…という想像に思いを馳せさせられました。
  • はっとさせられた言葉が「ただのナチ党員」という言葉。「あなたはキリスト教徒だけど魔女狩りを支持するの?」という例え話が上手いなと思いました。同じように「ただの日本の軍人」という人間もいる。カテゴライズやレッテルは、人間の心や思想の色の具合を正確に表現するわけではないのだと改めて思わせられました。「ただの○○」という言葉は、当時の人々がどれだけナチ党の思想を支持していたのかという問題意識の存在を一言で表す良い言葉ですね。
  • わたしがあまり映画を観ない方だからかもしれませんが、「日本軍による空襲シーン」って珍しいなと思いました。わたしの中では「日本人の関係する空襲シーン」はだいたい日本人が襲われているシーンだったので、自分の中のステレオタイプをぐさりと指摘されたようで、ちょっとつらかったです。
  • 巨大なハーケンクロイツの旗を空爆時に掲げたところは、あまりにも皮肉的なシーンだと思いました。ハーケンクロイツが同盟国日本の空爆から中国人を守るだなんて…。(このシーン、ドイツで問題にならなかったのかなあ…)
  • 各国の大使たちが南京に戻ることを切望して「国際世論しか日本軍を止められるものはない」と言った言葉(誰が言ったかは忘れた)は、当時の日本軍が海外からどのように見られていたのかをよく表しているなあと思いました。
  • 一番の爆笑シーンは、ラーベとウィルソン先生が酔っぱらって「ボギー大佐」のメロディーでナチスの風刺歌を歌うところ。ウィルソン先生とラーベさんが心を通わす感動的なシーンなのですが、まさかの下ネタ。酔っぱらって「ヒトラーの金玉はひとつ、ゲーリングは2つ、ヒムラーも似たようなもの、ゲッベルスにはそもそもない(←うろ覚え)」という小学生男子並の替え歌を披露する。バカ殿か!wどうしてくれるんだ、頭から「サル♪ゴリラ♪チンパンジー♪」が離れないじゃないか…
  • 日本軍に「20名の女性を寄こせ」と言われてデュプレ先生が怒るシーンはつらかったです。でも、こういう「日本軍イメージ」に対してわたしたち日本人は真摯に向き合わなくてはならないと改めて思わせられました。今の日本人が世界からどのように思われるかは、過去の日本人の行動ではなく、過去に対してどれだけ誠実に向き合っているかに関わっているのですから。
  • ローゼン博士(ドイツ大使)が「あなたたちは外交を何もわかっていない」とラーベとウィルソン先生を怒るところは、ローゼン博士が正論なんですけど、ラーベの「不器用な外交」はむしろ観客には好印象なシーンだなとわたしは感じました。こういう「不器用だけど誠実な人」って物語の主人公としては定番ですよね。ラーべの人物像が「聖人」ではなく「普通の人(あるいは、普通の良きドイツ市民)」だという描き方は、わたしは好きでした。
  • ドイツ大使の祖父がユダヤ系であるために、ヒトラーに南京の安全区を助けてほしいと手紙を書いたラーベに彼が怒るところも見ていてつらかった。ラーベさんはとても良い人なのですが、良い意味でも悪い意味でも「ナチ党員」なので、ユダヤ人の苦境についてはあまり考えたことがなかったのかもしれない、と思いました。まあ27年間もドイツから離れていればドイツの国内事情には疎くなるってだけかもしれませんが。

これ以降は映画に引き込まれて全然メモが残っていないです。

 

が、ラストシーンでドーラと再会するところは涙が止まりませんでした。ここに至るまでに多くの中国人が亡くなっているのだから、こういう「解放された!よかった!しあわせ!」というハッピーエンドの空気はふさわしくないと感じる人もいるかもしれません。でも、この映画はつらいことばかりで、観客であるわたしたちもけっこうつらい気持ちになるので、最後に幸福のシーンが来ることでこちらも一息つけたような気持になることができました。がんばったラーベさんも、ドーラさんとの再会というご褒美があって良かったです。このあたりを寒く感じる人もいるかもしれませんが、この映画はあくまでもジョン・ラーべを描くものなので、アリかナシかと言われたらアリだと思います。

 

中国の女学生とドイツ大使がラストで「夫婦?」みたいな空気になったのは唐突すぎてちょっと笑ってしまいました。たしかに良い雰囲気のシーンはありましたが…まさかラストシーンでああいう風に出てくるなんて。まあ仕方ないよね、ゲオルグさんイケメンだしあの女学生ちゃんはかわいいしね…

 

最後に、この映画はすごーくおもしろかったのですが、日本の配給会社が手を挙げなかったというのは納得してしまいました。「30万人」の文言もそうですが、日本軍があまりにも残虐すぎたので、これは色々なところから反発がくるだろうなとわたしでも理解できましたから。でも日本軍の中にも良心のある人物は出てきてて「日本イメージ」に配慮はされているように見えるのになあ…。それに、朝香宮殿下の役を演じたのが香川照之だったのも良かったとわたしは感じました。彼は「半沢直樹」や「るろうに剣心」で敵役を演じてきたイメージがあるので、彼が演じたおかげでこちらも「これは香川照之が敵役を演じてきるのだ」と安心して観ることができた気がするのです。その結果としてフィクションと現実の区別をつけやすくなったのかな、と。「敵役イメージ」のない他の役者さんだと逆に見ていてつらかったかもしれません。

 

上にも似たようなことを少し書きましたが――わたしは「過去は過去」とスッパリ割り切れるほうの人間で、過去の日本軍の歴史に自分のアイデンティティを重ねることはしないタイプで、むしろ「過去に目を背けず今をどう生きるか」が大切だと思っているほうです。なので、むしろこういう日本軍イメージを忌憚なく描いてくれたことは、「今のドイツ人・フランス人・中国人が当時の日本軍に対してどのようなイメージを持っているのか」を知ることができて良かったなーとわたし自身は感じました。

*1:リベラル日本研究会(企画)・「南京・史実を守る映画会」実行委員会(協力)によって作成されたペーパーに掲載された永田さんの指摘を引用します。永田さんは実際のラーベと映画との違いについて、①映画では一度南京を脱出しようとするがラーベの日記では最初の段階(1937年9月)で南京に残ることを記している、②映画では中国人を軽視しているような部分が目立つが、日記の記述から永田さんが受ける印象はそうではない、③映画では日本人側に好戦的な態度を取っているが実際はそうではない、以上3つの点を指摘しています。ただ、これはわたしの補足ですが、A42枚分という限られたスペースでの説明であるため、永田さんが日記から抱いた人物像の説明はやや形容詞を多用するものとなっており、あくまでここでいう「実際のラーベ」はおそらく永田さんが受けた印象が強く反映されているものである可能性であることも述べておきます。