@AZUSACHKA 's note

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【読書】三浦綾子『氷点(上下巻)』(角川書店、文庫版初版:昭和57年発行)感想

 

氷点(上) (角川文庫)

氷点(上) (角川文庫)

 

『石ころのうた』『天北原野』に続いて三浦綾子3冊目。旭川に行った際、三浦綾子記念文学館はどうしてこんなに旭川の市街地から離れたところにあるんだろうと思っていたのだけど、そもそも『氷点』の主人公の家族の家が見本林(外国の樹木が日本の寒冷地でも育つかどうか観察するために造られたもの)の近くに立地していたんだね。小説を読む前に見本林に行ってしまったけど、そのおかげで見本林の雰囲気を思い出しながら読むことができた。

ストーリーについては超有名な作品なので割愛。
以下ネタバレありの感想です。

 

 とにかく最初から最後まで夏枝が気持ち悪くて仕方なかった。村井のことが本気で好きなわけでもないのに男からただ好かれたいというモテ欲だけで気を引くようなことをして、幼い子どもを追い出して、その後も全てのことについて他人のせいにしてばかり。しかも40歳を過ぎてるのに息子の友人(北原)に色気を出して「恋人みたいに見られたい」だなんて考えて…。やってること全て悪いことだと自覚してる悪党なら良いけど、自分を正当化する言葉ばかり発しているから、ずっと夏枝にイライラしながら読んでた。続編があるけどもう夏枝は出てきてほしくない。

 

夏枝に比べたら啓造はまだ同情の余地があるよね。たしかに徹の言う通り、夏枝のことが許せないならその場で問い詰めて離婚すればいいのに、陽子を引き取ることで復讐しようとした罪は重いと思う。そもそも啓造も若いころ幼い女の子にいたずらしたことがあるロリコンで、清廉潔白な人間というわけでもないからね…。でも彼は悩んでいたり教会に行こうとしたりもするし、高木に「汝の敵を愛せよ」を実践するのではないかと思われていたくらい元々は基本的に誠実な人柄なんだろうから、きっと彼は救ってもらえると思う。救いの手をのべるのは神様なのか他人なのか彼自身なのかは分からないけど…。
そういえば啓造が海難事故に遭ったときに出会った宣教師が自分の救命具を他人に譲ったことについて、啓造は「愛するということは自分の命を相手にやることだ」と気づいていたよね。心理学者のエーリヒ・フロムも『愛するということ』で「愛するということは命を共有すること」と書いていたんだけど、啓造の問いは続編でどんな風に決着がつくんだろう。

 

話が逸れるけど、海難事故の際は身に着けられるものをできるだけ着る、肌を出さない、というのはよく覚えておこうと思った。なるほど、服を着ると水を吸って体が重くなるじゃんと考えがち(私だけ?)だけど、どうせ海に投げ出されたら自力で泳いで岸までたどり着こうなんて無理だし、それよりは流木などでケガしないように体を守るほうが優先なんだね。船に乗って海に出る機会なんてそうそうないけど覚えとこ。

 

陽子については、良い子だけどなんだか気持ち悪い子だなと思いながら読んでた。こんなにお行儀の良い子いる!?本当の子どもじゃないと分かっているからお行儀良くしようとするなら分かるけど、本人がそれを知る前から陽子はそうだったよね。だからあんまり人間味のない子だなーと思ってたけど、北原の妹を恋人だと勘違いして嫉妬したり、夏枝が北原に下心を持っているのを苦々しく思う陽子が描かれるようになって、あーよかったこの子も普通の子だったとなんだか安心してしまった。「おかあさん、太宰治の『斜陽』をお読みになった?」(文庫版;頁245)と言って北原と会ってきたことを秘密にしたところは、すごく好きなシーンになった。
そして最期の遺書に書かれていた「自分は悪くない、正しくて無垢な人間だと思いに支えられていたからこそ、つらいときでも耐えることができた。自分さえ正しければ胸をはって生きていける強い人間でいられる」(要約)という言葉を読んでようやく陽子のパーソナリティについて納得した。正しすぎて気持ち悪いなと思っていたけれど、若い子らしい潔癖さゆえだと思うと、あ~あるあるわかる!とストンと落ちた。こういう子いるし、何なら自分もこのタイプだった。陽子ほど出来た子じゃないけどw弱い人間だからこそ正しくあろう、正しければ誰も何も言わないだろう、って考えてしまうんだよね。
でも実際には、陽子は殺人犯の子(本当は違うけど)なので、陽子自身がどういう人間かにかかわらず原罪(この小説、というか三浦綾子のテーマ)を抱えてる。陽子ほんとに何も悪くないから理不尽だけどね…。そのあたり、一命をとりとめた陽子はどんな風に考えていくんだろう。

 

元々『氷点』は続編を考えていなかったらしい?けど、こうして見ると、啓造の悩みや陽子の苦しみがそのまま終わってしまってるよね。当時読んでた人は「ここで終わるの??」って思っただろうな。
続編読んだらまた感想書きます。