- 作者:ジョン・スタインベック
- 発売日: 2008/02/22
- メディア: 文庫
第二巻を読んでからだいぶ時間が経ってしまった。年末には読み終えていたんだけどなんだかんだで遅くなってしまった。なので今回は短めに。
この巻でリーがめちゃくちゃ好きになった。2巻の時点ではサミュエルが大好きだったんだけど、リーが創世記第四章の1~16節―エホバがカインになぜ怒っているのかと尋ねるところ―が気になってリー一族の長老たちとヘブライ語を勉強したという話で一気にリーが好きになってしまった。聖書の翻訳の違いを知るためだけにヘブライ語を一から勉強して何年もかけて研究した、という研究への情熱!!めちゃくちゃ最高。このシーンすごく好きだった。リーたちの「研究と討論の夜」に私も参加してみたい!!
そして、このリー一族による聖書研究こそが、まさに”ティムシェル”が登場するシーンだった。
捧げもの(農作物)を神に拒絶されて憤ったカインに対して、神は「もし正しいことをしていないのなら、罪があなたを慕って待ち伏せしている」と言った。その続きの翻訳は、欽定訳と米国標準訳とで次のように変わる。
≪欽定訳聖書≫
汝は彼を治めん - カインが罪に打ち勝つという将来への約束
≪米国標準訳≫
汝は彼を治めよ - 約束ではなく命令
でもリーが研究したところによると、「ティムシェル」という言葉は「してよい」という「人間に選択を与える」言葉なのだそう。道は開かれていて、全ては人間次第。してもよいし、しなくてもよい。人間は自分の進む道を選び、そこを戦い抜いて勝利できる。
≪リーの解釈≫
カインは罪に打ち勝とうとしてもいいし、しなくてもいい。 - 選択を与える言葉
ここでようやく町田樹の「ティムシェル」の意味が分かった。
町田は「汝、治むるを能う(ティムシェル)」を「自分の運命は自分で切り開く」だと解釈した、と語っていたのだけど、彼の解釈はどうやらリーの解釈を基にしていたみたい。
ただ、町田樹が「ティムシェル」の訳として挙げた「能う」は、どちらかというと欽定訳の解釈だよね?「ティムシェル」とぐぐると「小説のラストに登場する言葉」と説明されていることが多いから、もしかしたら第四巻で解釈が深まるのかもしれない。
今回は「ティムシェル」の解釈についてのメモだけ。
もったいなくてゆっくり読んできたんだけど、もう残りあと4分の1しかない…さみしい…