@AZUSACHKA 's note

わたしの感想をわたしが読みたい。

【読書】川越宗一『熱源』(文藝春秋、2019年) - ポーランド人とアイヌ人がそれぞれ帝国主義に抵抗する話(ネタバレ有)

 

【第162回 直木賞受賞作】熱源

【第162回 直木賞受賞作】熱源

 

 

2020年1月に直木賞を受賞して知った作品。サハリンに来たポーランド人(ブロニスラフ・ピウスツキ)がアイヌと出会うなんてウィルク(『ゴールデンカムイ』より)*1じゃないか!!とテンションが上がって気になって読んだ。真っ先にウィルクが浮かんだのでてっきり「アイヌ」は女性かと勝手に勘違いしてたんだけど笑、「アイヌ」の方の主人公はヤヨマネクフという男性だった。そして私はてっきりブロニスラフとヤヨマネクフが出会って一緒に何かを成し遂げるのかと思ってたけど、二人が出会って共に過ごした時間は割と一瞬だったし、特に運命的で特別な友人というわけでもなかった。『ゴールデンカムイ』のように二人が手を取り合ってサハリンを独立させようとする話かなと(ものすごく勝手に)想像してた。

勝手に想像してたストーリーとは違ったけど、自分たちなりの方法で帝国主義に抵抗する二人の姿がすごく良かった。まだ全然感想がまとまらないんだけど、本全体を通じて何かを感じたというよりも、場面場面ですごく良い言葉がたくさん出てくるんだよね。小説を読んだというより、何年も連載が続いた漫画を読んだような気分。良いなと思う場面がたくさんあるけど、ありすぎてまとまらない、そんな感じ。笑

 

例えば冒頭のエピソードからもう好きなんだよね。子ども時代のヤヨマネクフ、シシラトカ、太郎治の3人が和人の子どもとケンカして、太郎治が投げる馬糞から和人の子たちは逃げたことに対して、「あっちは逃げた。俺たちは逃げなかった」と言うシーン。漫画化したら絶対に見開きで表現されるよね。泣きだす太郎治に私ももらい泣きした。その後の、和人の子の親だという東北地方の武士だったという人が出てきたシーンも好き。

それから、和人の父とアイヌの母の間に生まれた太郎治が父親に対して「自分は和人とアイヌ人のどちらなのか」と尋ねて、父親が「自分で決めろ」と返したという話。端的に好き。

ブロニスラフがギリヤークの子どもたち向けに学校を作ろう!と動くのも(作中でも言及されてたけど)ナロードニキ感があってたまらない。

チュフサンマがブロニフラフと結婚するにあたって、それまでおじのバフンケから禁止されていて、ブロニフラフからも好まれてはいなかった口元の入れ墨をしたいとイペカラに言い出して、「自分が決められないのが嫌だから入墨を入れたい」と言った話。女性が自分のことを自分で決めたいというシーン、あ~~~~2019年の小説だ!ってなった。

 

一番好きだったのは、大隈重信、ヤヨマネクフ、ブロニフラフの対比。
大隈重信は「この世は弱肉強食」*2、ブロニスラフは「弱肉強食が人の世界の摂理なら、自分は摂理と戦う」、ヤヨマネクフは「俺たちはどんな世界でも適応して生きていく」。個人的にはブロニスラフのが一番好き(大隈重信のは論外)だけど、ヤヨマネクフの「適応」もすごく印象に残った。アイヌの文化というか生活そのものだよね。

 

がんばってまとめると、この作品は歴史小説であると同時に現代の話なんだよね。「サハリンは誰のものでもない」という価値観が繰り返し提示されるし、時代的にどうしても女性に関する史料が多くは残っていない中でチュフサンマの入墨シーンのような言葉を入れてくれるし、金田一京助の「アイヌは優秀な民族」という「褒めているようで結局はレイシズムに加担する言葉」はちゃんと懐疑的に表現してくれた。
私にとって小説はその時々で興味のあるものを読むものだから「文学賞を取ったから読んでみよう」とはあまり思わないから初めての感覚なんだけど、新しく書かれた小説ってこんなに現代的なものなんだなと思った。

 

あとは細かいところを箇条書き。

  • ブロニスラフもヤヨマネクフも有名な人なんだね。ヤヨマネクフは山辺安之助の名前でWikipediaにもなってたし、当たり前だけどブロニフラフは本人の書いた本も残ってる。恥ずかしながら全然知らなかったので勉強になった。南極探検隊の犬ぞりのエピソードは知ってたけど、それがヤヨマネクフだとは全く知らなかった。歴史小説ってこういうところが楽しいよね。
  • 金田一京助の「アイヌは優秀な民族」は批判しちゃったけどw、最後の彼の言葉(「研究を続けよう」の部分。396頁)はすごく良かった。私も勉強を続けよう。
  • ブロニスラフの先輩で処刑されたアレクサンドル・ウリヤノフはレーニン(ウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ)の兄、と終盤で明かされた(詳しい人なら最初から分かってたんだろうけど)シーンが良かった。良い?良い…良いシーンというと語弊があるけど、歴史小説の「前半に出てきたあの人が実は歴史上有名なあれやこれに繋がるんだよ~」っていうやつが私はめちゃくちゃ好きなんだ…
  • ブロニスラフ、基本的には好きなんだけど、チュフサンマを置いてったのだけは許せない。本人がどう悩んでたのであれチュフサンマからしてみればピンカートンでしかないから!!!!!!
  • ヤヨマネクフが北海道から樺太に帰還するときは妻と一緒だった、と彼は金田一に語ったらしいけど(390頁)、この「妻」はたぶん息子のトゥサンペが一緒だったことの比喩だよね…?妻のキサラスイは亡くなってしまったけどトゥサンペの中に彼女はいるから…だよね…?ここだけちょっと読み取りに自信ない。しかも再婚ってどなたと…?ここは描写なかったよね?

*1:主人公の一人・アシリパさんの父親で、ポーランド人の父と樺太アイヌの母の間に生まれた

*2:時代が時代なので私の頭の中には志々雄の顔が浮かんだ