@AZUSACHKA 's note

わたしの感想をわたしが読みたい。

わたしにとってフェミニズムは楽しい -『お嬢さんと嘘と男たちのデス・ロード ジェンダー・フェミニズム批評入門』感想

北村紗衣さん(以下、さえぼうさん)の新作『お嬢さんと嘘と男たちのデス・ロードージェンダーフェミニズム批評入門』を読んだ。
これはフェミニズム批評の本だけどわたしは批評を書けないので、自分にとってこの本がどういう影響を与えるのか(要するに感想)についてだけ書く。

批評集の感想なので、たぶんネタバレとかはないと思う。

 

さえぼうさんのフェミニズムはわたしにとって「楽しいフェミニズム」の一つだな〜と改めて思ったのがこの本だった。

あらかじめ弁明しておきたいんだけど、わたしは別にフェミニストが怒ることを否定しているわけじゃない。理不尽に対して怒るのは本当に大切なことだから。多くのフェミニストにとってフェミニズムは生き延びるために必要な、切実なものだというのは分かってる。
ただ、わたし自身にとっては「楽しい」がすごく大切なことなんだよね。

運動でも勉強でも、たぶん一番大変なのは始めたことを継続することだと思う。
でも、そこに「楽しい」があれば継続できるんだよね。
世の中には「楽しくない勉強でも自分にとって必要なら続けられる」という人もたくさんいると思うんだけど、わたしはダメな人間なので楽しくないと続けられない。
(余談だけど、わたしはこの十数年、ロシア語の勉強を始めては挫折して…を何度も繰り返している。単語や文法など、覚えなきゃいけないことが多くて…。でも2020年4月に始めた読書会は2年以上も継続できてる。人によっては本を読むより語学の勉強のほうが楽しいと思うんだけど、わたしにとっては本を読む方が楽しいので続けられている。読書会も楽しいし)

幸い、わたしにとってフェミニズムははじめから「面白くて、楽しい」ものとして現れてくれた。それはたぶん、最初に出会ったフェミニズムがさえぼうさんのフェミニズム批評だったから。

たとえば映画とかを見て「なんとなくモヤモヤする展開だったな〜」と感じた経験のある人は少なくないだろうけど、そういうモヤモヤを覚えたときにさえぼうさんの批評を読むと、モヤモヤが言語化されててスッキリするんだよね。
フェミニズムを楽しい、面白いと感じるのって、わたしにとってはそういう瞬間だったりする。

映画に限らず、ふだん生きててモヤモヤすることをフェミニズム言語化してくれることってよくある。
たとえば「マンスプレイニング」って言葉を知って、「ああいうのってみんな経験してるんだ、名前がつくほどよくあることなんだ!」とスッキリすることってあるよね?
わたしにとってのフェミニズムの楽しさってそういう部分にあるんだよね。

そういう楽しさに、わたしはさえぼうさんのフェミニズム批評を通して出会った。
例えば本作だと、以下の部分がとても好きだった。

「本稿では結婚をタフなビジネスとして捉えている小説を二作、紹介したが、著者は結婚というのは現在でもビジネスだと考えている。別に愛し合っている人間同士が一緒になるのに、法的な結婚を必要ない。契約としての法的な結婚が必要になるのは、税金とか、子供の養育とか、財産の相続とか、お金や身分保障のためだ。こういう十九世紀の小説に書かれた物語は遠い昔のことのように思え、財産のために結婚するなどというのは過去のものに思えるかもしれない。でも実は我々もリジーやシャーロットやエスターのように、日々、お金のために結婚しているのである。結婚はロマンティックなものではない。今も昔もビジネスだ。」*1

ここを読んでわたしはすごくスッキリした。
「結婚は愛する相手とするもの」と言われるよりはずっと現実的だから。それに「家庭」って家父長制の本丸なので、それと愛と結びつける言説には少し慎重になるべきだとも思うから。
(これがアレクサンドラ・コロンタイのような女性解放と自由恋愛を一体化させるロジックのフェミニズムとか、共産主義社会ならまた別なのかもしれないとは思う。資本主義社会と家父長制は深い関係にあるシステムだから)
わたしは独身で、今のところ「結婚したい」とも「したくない」とも決めかねているんだけど、「ビジネスだよ」と言われたらなんか心が軽くなったんだよね。「生涯愛せる相手」と決めつけて相手を選ばなくてもいいんだ…と。
(そもそも恋愛結婚の歴史ってそんなに長くないしね)(いや自分で相手を決められない時代から考えたら、恋愛結婚のほうが進歩的な価値観ではあるんだけど…ややこしいッ!)

あとはここ。

「そこで私がフェミニストとして、そして研究者としていつも思っているのが、歴史が良いと言ってくれる側はどっちなのか考える、ということだ。今自分の考えが周りの人にどう評価されるかを考えてはいけない。未来の人が自分をどう思うか考えねばならない。」「今嫌われても、歴史が良いと言ってくれることは何かを考えてそれを優先するのが、学問や自由に仕えるものの責務だと思う。歴史を学ぶことの醍醐味の一つは、歴史に対して恥じない道は何かを考えられるということだ」 *2

ここのところ、段落ぜ〜んぶ良良良の良💮だった!!
わたしは歴史が大好きで、学生時代にも専攻したし今でも本を読み続けてるんだけど、なんで歴史を勉強してるのかというと「ちょっとでも良い人間になりたい」と思ってるからなんだよね。
こういう、わたしが書くとすごくぼんやりふんわりした言葉になってしまうことも、北村紗衣さんが書くとシャキッとかっこいい感じになる。

誰かに悩みを話したとき、その内容を良い感じに言語化してもらえるとスッキリするよね。そういう体験がたくさんできる本です。
わたしは普段あんまり映画見ない人間なんだけど(2時間じっとできる集中力がなくて…)、見てない映画の話でも分かりやすかったし楽しかったよ!

 

あとは細かいとこ。感想というよりは自分がしゃべりたいとこ!

  • 「世の中には、フェミニストはセクシーな女性を嫌っているという噂を信じ込んでいる人も多い。」「しかしながら、セクシーな女性をバカ扱いする風潮に反対してきたのはフェミニズムだ。」「フェミニストにも、お気に入りのセックスシンボルがいることがある。」*3という部分。
    •  それ〜!!ってなった。
    • わたしにとってのセックスシンボルはエリザヴェータ・トゥクタムィシェワ(ロシアのフィギュアスケーター)なんだよね。彼女はアスリートだから、セクシーさを商売にしてるわけじゃないけど…でもセクシーだよね…!
    • フィギュアスケートのカテゴリの中で最も競技人生の短い女子シングルにおいて、年齢を重ねながらも現役を続けている(今はロシアの競技環境そのものが戦争で先行き不透明だけど…)。若いうちしか女子シングルスケーターでいられない、という抑圧を壊してくれる存在!!かつ、自分のスタイルに自信を持って堂々と披露してる。好きしかない。
  • アナと雪の女王の続編製作に向けてファンの一部が「エルサにガールフレンド」をというツイッターハッシュタグを作って運動したことがあった。エルサがレズビアンディズニープリンセスになれば画期的なことであり、セクシュアルマイノリティの若者たちに対して非常にポジティブなメッセージになるから、というのがこのファン運動の理由だ。」「このような運動は風変わりに見えるかもしれないが、実は英語圏では十八世紀に近代小説が始まって以来、長きにわたって続いているファン文化の一つだ。」*4
    • へぇ〜〜!!!!ってなった。
    • 4月末に完結した漫画『ゴールデンカムイ』も色々あったけど、制作側が必ずしもファンの意見を採用しなくてもいいのと同様に、ファンだって逆に色々と「こうしたらいいのに」を語ったっていいんだね。
    • 批評文化やファンダム文化(?)ってわたしにはあまり馴染みがない(わたしは二次創作をしないタイプのオタクなので日本の漫画のファンダムとも縁遠い)ので、海外の一般的なファン活動を知ると「そういうのも有りなんだ」と思えて楽しい。

おまけ 言語化されすぎて刺さることもある

こっちはさらにおまけ この本、ゴールデンカムイのファンにもおすすめ

 

azu-mir.hatenablog.com

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*1:178-179頁

*2:39-40頁

*3:21頁

*4:82頁