@AZUSACHKA 's note

本の感想など。

『戦争は女の顔をしていない』感想(+『鬼滅の刃』の女性キャラ描写について)

第2次世界大戦の際、ソ連軍やパルチザン部隊などには女性も参加していた。看護師や衛生兵としてだけでなく、実際に銃を手にとった狙撃兵もいた。この本は、作家アレクシエーヴィチによってまとめられた、彼女らのオーラル・ヒストリーといえる。
ずっと前から気になっていたところ、来月の「100分de名著」で取り扱われるらしいと知ったので読んでみた。

 多くの女性が出てくるので、本全体の感想を書くのはなんとなくそぐわないかな…と思う。どの女性も違う”顔”を持っているから。というわけで前半部分は気になったところのメモ程度の箇条書き。

後半で『鬼滅の刃』と関連付けた話をします。

 

前半(気になったところ簡単にメモ)

  • 男性の戦争体験との一番の違いは、当然のことながら徴兵された女性はほとんどいない点。徴兵ではなく、労働者としての徴用(?)はあったみたいだけど。兵士として戦争に参加した女性はみんな”祖国を守るため”というモチベーションで自ら兵士になっていた。
  • にもかかわらず、戦後の兵士の扱いは男女で大きく異なっていた。男性なら、たとえ足を失っていたとしても結婚相手が見つかるけれど、兵士として従軍した女性は結婚が難しかった。戦後、戦闘員だったことを隠して生活した女性も多かった。そういう女性は貧しい生活を送らざるを得ないことが多かった。
  • 結婚した女性の相手は、戦時に軍隊で見つけた人が多かったみたい。「情勢の〇〇がハンサムだった」みたいな話もよく出てきた。
  • 戦地で不倫していた女性の話もあったけど、周りが男性ばかりで身の危険があったから偉い人のそばにいるようにした…という話だった
  • 想像していたよりも「女性ならではの苦労話」はあまり多くなかった。もちろんたくさん出てきたけれども、想像よりは少なかった。生理で苦労していた女性もいたけど、生理が止まってしまった女性もいた。「女性はこういう苦労をしていた」という本ではない。
  • 想像以上に若い女性の従軍者が多かった。生まれて初めての生理を戦地で迎えた少女の話がショックだった。そこまで幼かった女性は極端にしても、当時10代だった女性の話が本当に多かった。
  • 女性であることを隠して戦艦に乗った女性兵士(後に将校になった)の話が少女漫画みたいだった
  • 前線にいる夫を探して旅をしてようやく見つけた女性の話は映画みたいだった
  • 恋していた相手が亡くなって、埋葬時にキスをするシーンはセーラームーンの旧作アニメのラストを思い出した。うさぎちゃんはキスできなかったけど…
  • 戦場でも「女性らしい」装いをしたがるなど「女性らしさ」を忘れなかった…という部分はちょっと気になったけど、たぶんこの場合の「女性らしさ」は「人間らしさ」に言い換えられるなと思った。

以上、ざっくりですが本の感想でした。

以下は、最近沼に落ちている鬼滅の刃に関連した感想です。がっつりネタバレしてるのでご注意を)

 

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女性史研究者が半生を振り返った本が面白かったから聞いてほしい - 総合女性史研究会『女性史と出会う』感想

 

 

図書館でジェンダーフェミニズム関係の棚を眺めていてなんとなく手にとった本。
気軽に読めるかな〜と借りて読んだらめちゃくちゃ面白くて、夢中で読んだ。

語っているのは全員1920年代〜30年代に生まれた女性史研究者。生まれた家のこと、戦時中のこと、受けた教育のこと、自分の研究のことなどを振り返って語っている。

 

まずいいなと思ったのは、これが聞き書き形式の本だということ。本来は文章を書くのが仕事の人たちに、あえて聞き取りをしているんです。その理由は以下の通り。

「そもそも、書くことを専門としている人たちにあえて聞き取りをさせていただいたのは、女性史に込めた思いの丈を語っていただきたかったからです。書くことでは自己抑制敵な方も『ここではじめて話すんだけど』と、胸に秘めた思いを年下の聞き手に話してくれました。」(190頁)

この「聞き取り」という手法自体がすごくフェミニズムっぽくて良かった!!!
そもそも女性の歴史って史料に残りづらいから女性史は難しい(とされる)からオーラル・ヒストリーを選んだことそのものがカウンターって感じがするし、「『人に話す』からこそ心を打ち明けられる」というのがもう分かる〜〜!!!!!過ぎて、本の成り立ちからしてときめきが過ぎた。

 

実は私、研究者の「なぜその研究を選んだのか」という話がそもそも大好物なんです。研究上の理由ではなく、その研究者の人生にとってなぜその研究が必要だったのか、みたいな話。そういう個人的な理由って著書や論文にはほぼ書かれないんだけどね。

でもこれは女性史研究者が半生を振り返る話なので、そういう話がじゃんじゃん出てくる。みんな自分自身の人生のために、自分を解放するために女性史を研究してるんですよ。私そういう話が大好物(2回目)なので本当に面白かった。

ちなみにこれは余談だけど以前これでも紹介したけど藤野裕子先生の「私と歴史学の不確かな関係」がとてもすてきなのでおすすめ!!!!

 

おもしろポイントがありすぎて長くなるので、以下簡単に箇条書き。

  • 私(azusachka)は東京女子大学出身なので、東女出身の研究者が戦時中を振り返った話が身近すぎて面白かった。「学内の軍需工場に伊勢丹デパートの店員が挺身隊として着ていた」とか、工場が終わったあと有志で源氏物語の講義を受けていた、とか。(←知らなくて恥ずかしいんだけど東女の学内にも工場あったんだ…)
  • 高校時代に吉野源三郎君たちはどう生きるか』(割と最近?話題になったよね)を読んだけど、男の子はこういう生活と展望ができるのかもしれないけど女の子はできないのだ、とがっかりした話(←この本読んでないけどこの感想興味深かった)
  • (当時)もっとも進歩的と思われた教員の社会における女性差別の話(←この「だから当時の運動って失敗したんだろうね…」感)
  • 「女性史をやらないか」と言われたけど「女性だからといってなぜ女性史を提案されるのか」と反発した人の話(←分かる〜)
  • 一方で、「女性史は評価されない」とされているからこそ「人がやらない女性史をやってみよう」と選択する人の話(←これも分かる〜〜)
  • ロシア語を勉強していて知り合った男性と恋したけど思想的にあわず破局した人の話(←これめちゃくちゃ詳しく聞きたいんですけど!!!)
  • 研究者は子どもを持たず学問に専念すべきという当時の常識に反発してみたかったから子どもを産む選択をした研究者の話(←「産むのが当たり前だから」産むのではなく目的意識があって産む人のほうが私はなんとなく好きだなって思う)

 

これから勉強してみたいなと思う内容も見つけた。私は学生時代に上原專祿という人を研究していたので戦後歴史学にも関心があるんですけど、この本に出てきた女性研究者たちの多くが井上清『日本女性史』を読んでるんですよね。めちゃくちゃ影響力があったみたい。
で、この『日本女性史』にもかかわる内容で、1970年には女性史論争というのがあったらしいんだけど、この論争の中身自体がめちゃくちゃ勉強になりそうなので、そのうち女性史論争についてもなにか読みたいなと思った。

 

小説ではなく勉強の本でこんなテンション上がったの久しぶり。
高めのテンションのまま一気にこれ書きました。
本当に面白い本なのでみんな読んでね!!!!!!!!!!!!!!!

『ジャッカ・ドフ二 海の記憶の物語』感想 - 海が繋ぐマイノリティの歴史

 

 

サハリンや北海道を舞台にした小説が読みたい、と人に話したらおすすめされた本。予想してたよりはサハリンも北海道も出てこなかったけど、初めて知る歴史にたくさん触れられて面白かった。

 

日本の歴史でいうと江戸時代の話。アイヌの歴史でいうとシャクシャインの戦いの頃。主人公・チカップ(愛称はチカ)は和人男性とアイヌ女性の間に生まれた子ども。生まれたときは松前藩内に暮らしていたのだけど、色々あって船で旅をするようになり、長崎にたどり着き、それからマカオに住むようになり、最終的にはジャカルタで暮らすようになる。

 

主人公のチカップアイヌにルーツがあるけれど、蝦夷地で暮らしたことはないし、日本で暮らした時期も短い。だからサハリンも北海道もほとんど小説内には出てこない。

 

ただ、この小説はちょっと珍しい構造になっていて、
①チカップの人生パート
②作者の私小説パート
↑この②パートで作者(と思われる登場人物)が「ジャッカ・ドフニ」という資料館を訪れたときの様子が描かれている。

 

「ジャッカ・ドフニ」とは網走市に実在した施設で、北方少数民族の資料を展示していた資料館であり、その館長をサハリンのウィルタ民族出身のダーヒンニェニ・ゲンダーヌ氏(日本支配時代の樺太に生まれた)が務めていた。

 

①チカップの人生パートの話に戻ると、チカップが暮らしたマカオには多様なマイノリティが暮らしていた。キリシタンとして生きるために亡命した日本人、朝鮮にルーツのある人、イタリアにルーツのある人、アフリカにルーツのある人。みんなミックスレイシャルあるいはインターナショナルなルーツを持っている。

①チカップのパートと②私小説パートの繋がりがちょっと分かりにくいんだけど、つまりこの小説は「周縁」にいる人々を描いたものなんだと思う。日本支配時代の樺太出身のウィルタアイヌと和人の間に生まれた女性、江戸時代におけるキリシタンなど、抑圧されてきた存在ばかりが出てきた。

 

と、ここまで小説の構造について話してきたけど、肝心のストーリーについてはまだちょっと飲み込めていない。海が繋ぐマイノリティの物語はとても興味深かったけど、何かに感動するとか、考えさせるとか、そういう感じの小説ではなかった。でも人生って普通はそうだよね。とても辛い出来事に遭遇したら「これは〇〇のために必要な出会いだったんだ」と”記憶”を”物語”にすることがあるけど、そういう乗り越え方に自分自身も救われつつ、同時にモヤモヤする気持ちもある。なんでそういう風に思うのかは言語化できてないんだけど…

最近このブログに書いた記事は『鬼滅の刃』と『また、桜の国で』について書いたものだったんだけど(リンク参照)、この2つが「辛い出来事を”物語”にすることで乗り越える」系の物語(?)だったので、また違うタイプの小説が読めて良かった。

 

ポーランドとアイヌの抵抗の物語 - 『蝦夷地別件』と『また、桜の国で』

最近たまたまポーランド関係の作品に続けて出会っている。

はじめは漫画『ゴールデンカムイ』だった。主人公のアシリパさんの父親・ウイルは樺太アイヌポーランド人の間に生まれた人間で、シベリアと極東の諸民族の独立を目指していた人だった。

ゴールデンカムイ 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

次は小説『熱源』。アレクサンドル3世暗殺計画に関わったブロニスワフ・ピウスツキがサハリンへ流刑となり、そこでアイヌと出会う物語。

【第162回 直木賞受賞作】熱源 (文春e-book) 

3つ目は小説『蝦夷地別件』。「クナシリ・メナシの蜂起」と呼ばれる歴史的事件を描いたもので、蜂起したアイヌポーランド人から銃を買う計画を立てていた…という物語だった。そのポーランド人自身もまた、エカチェリーナ2世統治下のロシアにおいてポーランド独立を目指していた。

蝦夷地別件 上 (小学館文庫)

4つ目、最近出会ったのが小説『また、桜の国で』。上3つとは違い、北海道・サハリンは特に関係ない。けれど、日本とは大いに関係のある物語。

また、桜の国で (祥伝社文庫)

 

時系列順に並べると以下のようになる。

 

1789年 ステファン・マホウスキ、クナシリ・メナシの蜂起に関わる《蝦夷地別件》
1887年 ブロニスワフ・ピウスツキ、アレクサンドル3世暗殺計画に関わり、サハリンへ流刑となる《熱源》
1904年 日露戦争
1906年 棚倉慎の父セルゲイが来日、北海道や樺太で植物学の調査を始める《また、桜の園で》
1907年 杉元佐一とアシリパさんが出会う《ゴールデンカムイ
1917年 ロシア革命
1918年 ポーランド第二共和国樹立(ブロニスワフ・ピウスツキの弟、ユゼフ・ピウスツキが初代国家元首に就任)
1920年 在シベリア・ポーランド孤児たちの来日、棚倉慎とカミルが出会う《また、桜の国で》
1944年 ワルシャワ蜂起《また、桜の国で》

 

どの物語でも、アイヌポーランドが蜂起したり、圧政に抵抗したりしている。

 

アイヌの物語は最近意識的に選んで読んでいたけれど、ポーランドはとくだんそういうわけではなかったので、面白い繋がりに興味が湧いた。

 

ポーランドアイヌも、どちらも抑圧された人々なんだよね。
理不尽に抵抗する物語からは大きなエネルギーをもらえる。

 

タイトルに沿った話はここまで。

 

以下は、関連するけど別の話になります。

抵抗したけど敗北する…という物語はどう受け止めたらいいんだろう、という話です。

 

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読書サークル「フェミニズム読史会」のウェブサイトを作りました

以前よりブログ内で軽く触れていた「フェミニズム史を学ぶ読書会」のウェブサイトを作ったのでご報告します。

sites.google.com

非公開設定にはしていないはずなんですが、「フェミニズム読史会」でGoogle検索をかけてもなぜか自分の過去の記事が出てくるだけで、肝心のウェブサイトが見つからないんですよね。なんでーどうしてー😭

というわけで、取り急ぎブログに報告を掲載しました。

 

過去に読書会で取り上げた本の内容紹介を掲載しているので、フェミニズム史を学びたいけど何から読めばいいかわからない…という方の助けになれればいいな、と思っています。

フェミニズム史を学びたいならこの本がおすすめだよー」等の情報も「お問い合わせフォーム」で受け付けておりますので、ご興味のある方はウェブサイト内のフォームよりご連絡いただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

 

やってることは単なる読書会ですし、広く会員を募っている団体というわけでもないんですが、がんばったことを形にしたくて作りました。こういう読書会は継続することが一番大変なので、ウェブサイトの更新もモチベの一つにしていきたいです。

 

過去の関連記事

azu-mir.hatenablog.com

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漫画『鬼滅の刃』感想 - 連帯して理不尽に立ち向かう物語

世間の波に乗り遅れること数ヶ月。最近ようやく映画『鬼滅の刃』(無限列車編)を観て、勢いそのままに最終巻まで読み切った。あまりにも有名な漫画なのでストーリーは割愛する。

 

鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックスDIGITAL)

鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

 

※以下、決定的なネタバレは書いていないつもりですが、物語の根幹について触れています。絶対にネタバレを読みたくない!という方はご遠慮ください。

 

 

個人的に一番のポイントだと感じたのは、物語の終盤で敵が指摘する「鬼に身内を殺されても大抵の人間は自然災害と同じように受け止めて乗り越えるのに、鬼殺隊は立ち向かってくる。なぜなら異常者の集まりだから」という内容。

少し話は逸れるけど、「日本人は戦争を自然災害と同じように受け止め、乗り越えてしまったのではないか」という指摘を学生時代に大学の授業で習ったことがある。確かに、戦争もののフィクション(ドラマ等)って、戦闘描写に比べ「空襲」や「食糧不足」などの描写の方が多いイメージがある(例:「この世界の片隅に」等)。「加害」を描いたフィクションも存在するんだろうけど、すぐには思い浮かばないし、たぶんあんまり多くない(と思う*1)。これは政治に対しても同じで、つまり世の中の理不尽(戦争)を自然災害と同じように乗り越えてしまう心性を持っているのが日本人なんじゃないか。たしか授業ではそんな風に説明していた。

これは『鬼滅の刃』における「鬼」の存在についても同様だと思う。『鬼滅』の鬼にとって人間は単なる食料であり、鬼は「人間を支配しよう」とか「世界征服しよう」とか考えてるわけじゃない。そもそも『鬼滅』における一般人にとって、鬼の存在はカッパとか人魚とかのレベルでしか認知されてない。だから、(これは予想だけど)おそらく大抵の人間は鬼に遭遇しても「復讐しよう」なんて思わないし、ましてや「身内が殺された」等の強い動機がないのに「鬼殺隊に入ろう」なんて考えないんだと思う。鬼によって理不尽がはびこっていたとしても。

でも、鬼殺隊はそうじゃない。「自然災害と同じ/仕方ない」と受け止めてしまわず、理不尽(鬼)に抵抗していた。ここが個人的にはすごく良いなと感じたポイントだった。鬼殺隊と鬼の戦いがあくまでも私闘だって位置づけなのも良かったな。自分や大切な人のために戦ったっていいよね。

 

ちょっと風呂敷広げすぎかもしれないけど、これって最近話題の「わきまえない」等にも通じてると思うんだよね。わたしもわきまえず生きていきたい。理不尽には抵抗していきたい。

 

一方、物語全体に流れるテーマとしては「託された思いを繋いでいく」*2なのかなと思う。
主人公・竈門炭治郎や鬼殺隊のみんなは、周囲の人間からたくさんの思いを託されて進んでいく。とある主要キャラ*3による「人の想いは永遠」という言葉があって、ストーリー全体を通じてそのテーマが繰り返し語られていた。

例えば、強い鬼が相手のとき鬼殺隊は絶対に複数名で戦っていた。ラスボスを倒す方法も「主人公がパワーアップして倒す」のではなく「みんなで力を合わせて倒す」方式だった。

腕を切ってもすぐに再生しちゃうような相手(鬼)と生身の人間が戦う、ってめちゃくちゃ理不尽だよね*4。理不尽と戦うには一人の力じゃ無理だから、みんなで力を合わせる。一人の人間にできることは限られているけど、みんなの力を合わせればどんなに強い相手でも勝てる。いわゆる連帯だよね。

言葉にするとあまりにもストレートすぎて恥ずかしくなっちゃうテーマだけど、それをこんなにおもしろく描いているのが『鬼滅』なのかなと思った。

 

あんまりテンション上げない文体で書いてるつもりなんだけど、3月に無限列車編(映画)を観て、直後にコミックス全巻そろえて、何周か読んだところで感想を書いてる。この1ヶ月半ほどはずっと鬼滅に夢中だった。これだけ少年漫画を読み耽ったのなんて久しぶりだったから楽しかった。

 

少年漫画のアニメって、自分が子どもの頃に見ていた記憶(※10〜20年ほど昔)だと、どうしても「漫画の劣化版」ってイメージが強かった。昔のアニメ化って、例えば漫画では繊細な絵柄なのにアニメだと大ざっぱになってしまったり、アニメが原作に追いついてしまってオリジナルの展開になったりしてたじゃない?でも『鬼滅』を観て、今のアニメ化ってこんなにすごいんだ!ってびっくりした。漫画では描かれていない部分を補足したり、逆に「ここは特に見せたい」という部分に時間をかけたりして、漫画を読んでても楽しめるようになってた。すごいアニメだった。

遊郭編も楽しみ!!!!

 

 

以下はがっつりネタバレ有りの細かい感想(読んだ人向け)です。

 

 

*1:あったら見てみたいので教えてほしい

*2:例:炭治郎が煉獄さんから託されたもの、義勇さんが錆兎から託されたもの 等

*3:鬼殺隊の産屋敷さん

*4:映画で炭治郎も叫んでたよね

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アレクサンドラ・コロンタイの恋愛レボリューション1917

 

恋もして!仕事して!みんなで恋愛革命!✨\フゥー/✨

 

フェミニズム史を学ぶ読書会を昨年から続けているんですが、そこでロシア・ソ連フェミニストであるアレクサンドラ・コロンタイを取り上げたました。読書会のために調べ始めたら彼女の思想がとてもおもしろかったので、ここでも紹介します。

 

コロンタイ 革命を駆けぬける

コロンタイ 革命を駆けぬける

  • 作者:杉山秀子
  • 発売日: 2017/12/30
  • メディア: 単行本
 

 

ja.wikipedia.org

 

コロンタイは帝政ロシア時代に生まれ、革命家になり、ロシア革命後はソ連の国家保護人民委員(社会保障担当の大臣に相当)に就任しました。

離婚の自由化、協会婚から市民婚への移行、夫婦別姓制度、事実婚制度、嫡出子と婚外子の同権などを実現した一方、家事からの解放によって女性が労働者として働けるよう共同住宅(共同の台所があり、清掃は専任の労働者が担当して、託児所や幼稚園も併設される等)を提言するなど、社会主義と女性解放が一体化したマルクス主義フェミニストとして活躍しました。
(しかし、後に彼女はネップ批判などが理由でソ連政治の中枢からは去ることになってしまい、外交官として活躍するようになります)

 

コロンタイの思想の特徴は、女性解放と自由恋愛が一体化した点にあります。
このへんは私もまだちょっとうまく説明できないので、私なりに理解した理屈をざっくり書いてみます。

 

「結婚前に好きな人と性交渉を持つと女性は(親や周りから)嫌な顔をされるのに、同じことを男性がしたとしても、何も言われない。それってダブルスタンダードじゃない?男女で性に関する規範が違いすぎない?」
「女性解放を掲げるなら、女性の自由恋愛だって実現されるべき。適当な相手とするってわけじゃなく、好きな相手としたいだけだよ!」
「その結果、思いがけない妊娠をしたとしても、安心して出産できるならいいでしょ」
「女性の出産はキャリア形成の妨げになるからやっぱり安易な婚前交渉はダメ?そんなのおかしくない?出産してもキャリアを諦める必要のない社会のほうが良くない?」
「え、もし結婚しなかったとして、婚外子は差別されるからダメ?そんなの差別する社会のほうが間違ってる!」
「つまり、女性解放を実現するには、世の中の仕組みを根本的に変える必要がある。だから社会主義革命が必要なんだ!」
社会主義体制のもと、女性が安心して出産・労働できる仕組みを整えていくよ!」

 

つまり、対等な男女として自由恋愛する→子どもを産む(かもしれない)→けど同時にキャリアも積める→経済的に男性を頼りにする必要がないので、女性は男性と対等に恋愛することもできる、男女は平等になる→・・・という感じの理屈なのかな、と私は理解しています。

このように、社会主義フェミニズム、自由恋愛が三位一帯となったのがコロンタイのフェミニズムの特徴といえます。恋も仕事もするのがコロンタイ流!

 

ロシアの2020年ジェンダーギャップ指数ランクは81位。まだまだロシアも家父長制が根強く残る地であるとは思いますが、121位の日本と比べると遙か先の存在です。

例えばロシアの離婚率の高さは世界トップレベルだというのは有名な話かと思います。これ、以前は私も不思議だったんですが、コロンタイの存在を知って、もしかしたら「夫婦はずっと一緒にいるべき」という抑圧からはすでに解放されているから離婚率も高いのかもしれない…と思うようになりました。

(余談ですが、ロシアの結婚は「ザクス」という結婚登録所で手続きをしてパーティをする、という流れが一般的です。これはロシア人から聞いた話なんですが、教会婚を挙げるのは、もっと年月を重ねて「もうこの人以外絶対にありえないな」と確信してからなんだとか。教会婚をしていない=神様の前で誓っていない=あくまでも結婚は書類上のもの=だから離婚するのも別にダメなことじゃない、ってことみたいですね。クリスチャンでもないのに教会婚をして、信じてもないのに神様に誓って、そして離婚する、とかよりは筋の通った価値観だよな〜と思います)


そもそも事実婚とか夫婦別姓制度とか、日本よりも100年以上早い。スターリン時代に結局いろいろ逆戻りしちゃうっぽいけど、それでも早い。すごくない?

 

最後に、私が一番面白いと思ったのはコロンタイの思想の徹底っぷりというか、筋の通ったところです。

ソ連では全員が労働者であるべきなので、彼女は専業主婦(夫に扶養されている妻)は売春婦と同じようなものである…ということも彼女は主張しています。個人的にはちょっと言葉がきつすぎるんじゃないかな…と感じなくもないんですが、それだけ徹底してるんですよね。(ただ、人には人の事情があって、例えば夫が転勤になった等、やむをえず専業主婦にならざるを得なかった人もいるんだから、やっぱり言葉はちょっときついかなと思う。妻が専業主婦にならざるを得ない理由を作ったのは夫の会社であり、本人の怠惰とは違うからね)

また、コロンタイは夫が売春婦を家に連れ込んで浮気をしていたところに遭遇してしまったことがあるらしいんですが、彼女はその売春婦をその場で追い出すわけでもなく、怒るわけでもなく、その売春婦の身の上話を聞いてやり、他の仕事を紹介してあげた上で翌朝送り出してあげたそうです。

コロンタイにとってショックだったのは、夫が浮気をしたことよりも、売春をする女性はだいたいが経済的に苦しい状況であるにもかかわらず、夫がその経済的弱みを利用して金銭によって女性の体を得たことのほうだった。*1

 

このエピソードが個人的には一番好きです。

これ、自分が夫に浮気されてるんですよ?悪いのは浮気したクソ野郎であり、売春婦を責めるのはお門違いなわけですが、でも人間なんだから売春婦に怒ったとしても仕方ないとも思うんですよね。

でもコロンタイはそういう感情よりも、女性の貧困のほうに思いを寄せた。フェミニストだから。超かっこよくないですか?

 

北村紗衣さんはこのコラムの中で「自分の中の『内なる抑圧』と戦う幻を自分の心に住まわせる」という話をしてるんですが、最近わたしの中にはコロンタイが住むようになりました。

 

コロンタイの話、ほかにも色々あるんですが、長くなっちゃうのでとりあえずこのへんで。

 

参考にしたのは以下の本です。

 

フェミニズム史を学ぶ読書会で扱ったのは『コロンタイ 革命を駆けぬける』です。

実は2月に読書会のウェブサイトを作りました。以下のページに本書の案内を掲載しているので、もしよければこちらもご覧ください。

sites.google.com

*1:参考:『令嬢たちのロシア革命』)273頁