@AZUSACHKA 's note

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最初に知るべきこと - 『トランスジェンダー入門』感想

先日発売されたばかりの新書。以前『トランスジェンダー問題』を購入したんだけど、ちょっと難しくてなかなか読み進める気力が湧かなかったので、新しく出たばかりの『入門』から読むことにした。

 

結論から言うと、読んで良かった。

トランスジェンダー差別については、これまでも自分なりにネット上で読める啓発を読んで勉強したつもりではあったたんだけど、気付かされることがすごく多かった。

(ちなみに、検索でこの感想にたどり着く人もいるだろうから自己紹介しておくと、わたしはシスジェンダーの女性であり、トランスジェンダー差別にも反対しています。これは、その立場からの感想になります。)

 

例えば以下の内容。

たくさんあって書ききれないので第1章の内容についてだけ書くと、

  • トランスジェンダーの定義は「心の性と身体の性が一致しない人」ではない。
    • 前者の表現の問題点は色々あるけれど、例えば;
      • 「身体の性」は変更不可で「心の性」は自分でなんとでも言えるもの、という勘違いが起きてしまう
      • わたしたちが他者の性別を判断する際は、性器や染色体ではなく、さまざまな身体的特徴(声の高さや骨格など)によって判断している。「身体の性」という言葉は、身体の性的特徴が身体のごく一部に局在しているかのような印象を与えてしまう。*1
      • 「心の性」という言葉には「自分の性別についての認識は社会の中を生きていくなかで確立される」という視点が足りないし、「そのときどきで自分の気持ちが変化する」という不安定さの響きもある*2
    • トランスジェンダーの定義とは、「出生時に割り当てられた性別と、ジェンダーアイデンティティが異なる人」である。*3でも、トランスジェンダーの人々の状況は多様なので、この定義でも全てをカバーできるわけではない。*4
  • トランスジェンダーは人口の0.4〜0.7%ほど。実際に社会的に性別を変えて生きていく人や戸籍上の性別を変える人はさらに少ない。*5
  • FtM, MtFという名称は医学的な性別移行に重点を置いている言葉のため、現在では「トランス男性」「トランス女性」という表現への置き換えが好まれている。例えばトランス男性を「女性から男性になった人」と理解してしまうと、その人が幼少期から男性としてのアイデンティティを持っていた場合それを否定することになる*6

など。

まず定義の話から、たしかに言われてみればそうだな〜と感じる説明が多くてすごく勉強になった。

キリがないので第1章の内容だけ取り上げたけど、帯に書いてある「最初に知ってほしいこと」という言葉の通りの本だったと思う。

ぜひたくさんの人に読んでほしいなー!

 

 

※以下は読了済の人むけの感想。

すごく良い本だったんだけど、1点だけちょっと気になったのは、「トランス女性が女性スポーツに参加するのは不公平では?/女子刑務所の性犯罪のリスクが上昇するのでは?」という差別的言説への反論部分(P170-171)。「それは架空の混乱である」というのは本当にそうだと思うけど、「架空の混乱を心配するより前にやるべきことは山程ある」はちょっと論点逸らしなんじゃないかな…と感じた。

作中で言及されていた「女性アスリートや女性受刑者をめぐる諸問題」はどれもその通りだと思う。また、「他にも色々な問題があるのにトランスジェンダー女性による犯罪の懸念だけを話題にする、その差別的意識に気付くべき」と言ってるんだろうな…とわたしは解釈した。だから、ここで書かれている内容を否定したいわけじゃないんだけど、でもわたしはこの部分の書き方をWhataboutismっぽいな…と感じた。

個人的には、なぜそういう心配は「架空の混乱」といえるのかを掘り下げてほしかったです。

(「トランス女性はたかだか人口の0.1%ほどである」というのが、「架空の混乱」とする理由なんだろうとわたしは理解したけど)

 

 

※以下は本の感想ではなく自分の意見。

スポーツの問題はそれぞれの競技によって事情も違うだろうから一緒くたには論じられないけど、わたしの大好きなフィギュアスケートについてだけ言えば、この競技で「男性のような筋肉を持ったトランス女性」がそれだけで優位な立場になれるかというと、それはありえないかな…と思う。

シングルでいうと、たしかに現在の男子は高難度4回転ジャンプの時代だけど、それはルールがそうなっているからみんな4回転にトライするのであり、バンクーバー五輪の時代はそうじゃなかったよね。なんで今はみんな4回転やってるのかというと、ルールが変わったのと、当時パトリック・チャンという「スケーティングも4回転もできる」選手が世界のトップにいて、彼に勝つためみんな4回転に挑戦せざるを得なくなったという歴史的経緯があるから。女子で4回転を跳ぶ選手がほとんどいないのは、まだ女子にパトリック・チャン的な存在が出てきていないから。(正確に言うと、そういう存在は出てきかけたんだけど、ロシアの選手なので2023年7月現在は国際大会には出場できていない。)女子と男子とで跳ぶジャンプの回転数に違いがあるのは、もちろん体格面での違いもあるけど、それぞれの競技の歴史的経緯の違いも無視できないはず。

そもそも現在の男子シングルトップ層には小柄な人が多くて、4回転を跳ぶ上ではあまり体格が良くないほうがいいとも言われている。「女子シングルの世界トップクラスの選手」と「トップ層ではない男子シングルの選手」では、前者のほうが高難度ジャンプを跳んでることも少なくないわけで…。ジャンプだけでなくスピンやスケーティング、演技構成点の要素だって大きい。けして「体格が良ければ勝てる」「男子ならそれだけで女子より上手い」という競技ではないんだよね。

ペアの女子選手は小柄なほうがいいから、体格が良かったら逆に不利だし。ダンスはペアほど小柄じゃなくてもいいけど、こちらでもあまり体格が良いと組む相手がいなくなりそう…

(話逸れるけど、そもそもペア・カップル競技は競技人口減に悩んでいるジャンルなので、挑戦してみたいって言ってるトランスジェンダーアスリートがいたら絶対に排除すべきではないと思います!!!!!!)

もし万が一、「人口1%にも満たないトランスジェンダー女性が常に(女子シングルとペア・ダンスで)メダルを独占してる」みたいな状況が訪れたら、その時はルール改正で対応すればいい話なんじゃないかな。そのとき起きている現実に合わせてルールを改正するのはよくあることだし(例:プログラムの後半にジャンプ全部入れるのは禁止というザギトワ対策ルール)。フィギュアスケートが「より身体が筋肉質な人のほうが勝てる競技になった」という状況って、トランスジェンダーのアスリートの問題ではなく、採点方法の問題だと思う。

*1:p29-31

*2:p33-34

*3:p14

*4:p24

*5:p18-19

*6:p20