@AZUSACHKA 's note

わたしの感想をわたしが読みたい。

「バカバカしい差別論」と一笑に付さないために - 『アイヌ民族否定論に抗する』感想

友人と一緒にアイヌ史を学ぶ読書会を続けている。
今月は『アイヌ民族否定論に抗する』を読んだ。
最近、読書といえば読書会の課題本を読むことがほとんどで、読書会をやるとそれでもう満足してしまって自分だけの感想を書く気力が沸かないことが多かったんだけど、たまにはちゃんと自分だけの感想も形に残しておこうと思い、ブログを書くことにした。

感想

この本は、元札幌市議の金子快之(やすゆき)氏による「アイヌ民族は今はもういない」という差別的発言(2014年)に対するカウンターである。差別者側の理屈を「バカバカしい」と捨て置かず、ひとつひとつ反論していく。

文章を寄せている人の立場は様々で、アイヌもいるがおそらくほとんどは和人。「民族」という言葉の定義や差別問題の専門家ばかりではなく、例えば精神科医香山リカ氏なども執筆者に含まれる。

なので正直うーん…と感じたところ(後述)もあったんだけど、この本の意義は「専門家だけではなく色々な立場の人が」カウンター行動に参加しているのだと可視化した点にあったんだと思う。「それは差別だ」と抗議してる人がこんなにいるよ、ってわかりやすく見せるの大事!!

また、民族とは何かを定義するのはすごく難しいし、「アイヌは今もいる・アイヌ"民族"は今もいる」という自明のことを改めて一から説明するのはすごく大変なことなので、そういうとても骨の折れることに取り組んだのがすごいと思う。

もし誰かから「民族って何?」って聞かれたとしたら、みんなはどんなふうに答える?
これすごく難しいよね。尋ねてきた相手が何を見てそんな疑問を持ったかによっても答え方は違うし、義務教育や高等教育でどれくらい地理歴史を真剣に学んできたのかによっても違う。目の前にいる誰かに答えるなら、相手に逆質問して「なるほどそこに疑問を持ったのね」と把握しながら話せるかもしれないけど、例えば不特定多数の相手にこのブログで説明しろって言われたら…わたしなら…「半年下さい」って答えるかな…。なにもかも一から勉強しなおしてから挑みたい。笑

と、こんなふうに私は尻込みしてしまうテーマなので、そんな書きにくいものにこれだけたくさんの人が正面切って向き合ったということにわたしはまず感動してしまった。レイシズムに抗議するだけでも勇気がいるのに!

というわけで、読んで良かった本でした。

匿名のブログだけど、『抗する』を読んだことを報告することで、わたしもその主旨に賛同する旨を表明したいと思います。アイヌ民族差別に抗議します。アイヌ民族は今もいます。

 

特に印象に残ったところ

全体的には「アイヌ民族は今もいる」と各自が反論する本なんだけど、色々と新しい出会いもあった。
例えば、山科清春氏の『違星北斗の言葉の「悪用」について』という章。
違星北斗というアイヌ歌人が残した「吾々は同化して行く事が大切の中の最も大切なものであると存じます」という言葉があるんだけど、これは差別者に「アイヌだって同化を望んでいた」と悪用されがちらしい。でもそうじゃない、と反論している。少し長いけど以下に引用。

たとえ、時代の流れの中で、いわゆる血糖的に「純粋」なアイヌがなくなったとしても、今、アイヌの文化や伝統、思想だけは残さなければならない。
結果として、混血がすすんで、見た目がわからなくても仕方がない。
ただ、「アイヌを恥て外形的シャモになる者…又は逃げ隠れる」、すなわち、アイヌとしての誇りやアイデンティティを投げ打って、和人に化けてしまうことは絶対にいけないと言っているのです。
結果として、見分けがつかなくなってもそこに、民族のアイデンティティがあるかぎりアイヌは存在する。(204頁)

同化して地位向上につなげることが大事だけど、同化してもアイデンティティがある限りアイヌは存在する。これは「同化を望んでいた」とはだいぶニュアンスが違うよね。

執筆者によると、違星北斗の「生涯を通しての思想の流れを知る」ことのできる資料はまだないらしいので、この本で学べて本当に良かった。これでわたしも違星北斗悪用デマに反論できるぞー👊

 

うーん・・・

最後に、正直うーんと感じたところも書いておく。

1.寮美千子氏がイオマンテの絵本を出版した際、バッシングしてきたのはアイヌではなくその周辺にいる研究者やアイヌシンパの和人からだった、という箇所(80頁)。アイヌだと名乗り出て批判するのはカミングアウトと同じだし(2005年発行の絵本なので当時は匿名のSNSは今ほどなかっただろう)、それを言ってしまったらこの『抗する』だって「文責のほとんどは和人」なんじゃないかな…。この『抗する』を攻撃したい人が「抗議していた人のほとんどは和人だった」という理屈も通ることになってしまうのでは。「当事者が何も言わないからOK」と言っているとも取れる言葉を載せてしまうのはちょっと危険だと思う。(この絵本自体は読んでないのでこの「バッシング」の妥当性は分からない。「当事者が何も言わないからOK」論についてだけ言及したい)

2.木村友祐氏の「アイヌを差別し迫害した和人には、直接的にであれ間接的にであれ、北海道と地理的に近い東北の人々も入っていたと考えて不思議はないだろう」という箇所(87頁)。不思議ではないだろうどころか、たとえば松前藩は当事者そのものなんじゃないかなと思った。

他にもうーんと感じたところはあるんだけど、すぐ言語化できたのがこの2点だったのでここだけ書いた。

 

今までに読書会で読んだアイヌ史関連の本はこちら↓

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2022/12/26追記

読書会での感想はこちら↓
わたし以外のメンバーの感想も載っているので、より広い視点での感想になってると思います。 

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